春の踊る村



「なあミラール、寄り道していい?」
 のんびりとした調子で乗騎に声をかけ、ウォルムは大きく伸びをした。
『構わないが、どこへだ?』
 春の陽気のせいか、ミラールの声はいつもよりこころもち穏やかで、いつもの厳しさがない。
「俺の家」
 咎めるような調子でなかったことに軽い安堵を覚えながら、ウォルムは答えた。
 くるり、と彼の乗る騎龍の首がめぐらされる。その表情には微かな疑問の色があった。
「正確には親の家だけど。近いからさ。ここから半日くらいかな」
『もっと早く言え』
 呆れたような声がウォルムの心に響く。彼の乗騎であるミラールは、人間の間では失われた種族と言われている人龍族である。人と騎龍、二つの姿を持つ人龍族は、騎龍姿をとっている間、異種族とはこのように心に直接語りかけることによって会話する。
『で、道は』
 ウォルムは彼の背から降り、地図を開いて見せた。
 指先で、簡素な地図を辿って道を教える。騎龍が小さく頷くのを見て、ウォルムは再び彼の背へと戻った。
「どうする?」
『何をだ』
「人間か騎龍か。村に入ったら姿は変えられない……よそ者も騎龍も珍しいからさ」
 ウォルムの故郷はごく小さな、そして平凡な村である。彼が村を出た頃も、そして近年訪れた時にも、牛馬はいても騎龍は一頭も見かけたことがない。主要な街道に近いわけでもないため、旅人が訪れることも滅多にない。
 ふむ、とミラールは小さな唸り声を上げた。しかし、彼が何事かを答える前に、再びウォルムが口を開く。
「騎龍で行った方がいいかな。お前の人間姿、目立つし」
『ならばそうしよう』
 その方が私にとっては自然だ、と続ける。
『お前の家族か……賑やかそうだな』
「親はそうでもないよ」
 眉間に微かに皺を寄せるミラールにそう答え、ウォルムは彼の首を軽く叩いた。
 暖かな日差しが降り注ぐ街道を、ふたりはゆったりと進んでいった。


 夕暮れの優しい色が空を彩り始める頃、二人は村の程近くまで辿りついた。まだ柔らかな草を、薄紅色の光が照らしている。
 村の外れあたりでは、数人の子供が遊んでいるようだった。まだ空は充分に明るいが、距離があるためか、遊びに夢中なためかはわからないが、子供たちはまだ二人に気づいていないようである。
『小さな村だと言っていたが、それでもあんなに子供がいるのだな』
 ミラールは独り言のようにそう漏らした。彼の村にいる、子供と呼べる年齢の者はただ一人、彼の弟だけなのである。
「んー」
 生返事を返しながら、ウォルムは、少しずつ距離が近くなっていく子供たちの数を数えていた。
「八人、か……身内だけだな」
『え?』
 ミラールが少し驚いたような声で何事かを問おうとした時、子供たちの中の一人が近寄ってくる二人に気づいた。
「あ、兄ちゃん!」
 大きな声でそう叫ぶと、その少年は大きく手を振り、軽い足音を立てて駆け寄ってきた。その後ろに、幼い方の幾人かを残して他の子供たちが続く
「弟、妹、兄貴の子と姉貴の子と……妹の子も混じってる。多分だけど」
 手を振り返しながらウォルムは言い、ミラールの背から降りた。彼が数年前に来た時には妊娠中だった上の妹の子もおそらく中にいるのだろう。多分、遊んでいた場所で佇んでいる幼い子供たちの中の一人がそうに違いない。
『お前にはいったい何人兄弟がいるんだ』
「兄貴と姉貴が一人ずつ、妹が二人と弟三人」
 その答えに、ミラールは軽く目を見開いた。ウォルムを含めると兄弟が八人にもなるなどということは、彼の生まれた環境からは考えにくいことである。
「久しぶり、ウォルム兄ちゃん」
「おう」
 一番に駆けてきた少年──彼の一番下の弟に抱きつかれたウォルムは、乱暴にその頭を撫でた。髪をくしゃくしゃにしながら見上げる彼の顔は満面の笑みを浮かべている。
「この騎龍、兄ちゃんの?」
「すごいね、すごいね」
 追いついてきた子供たちはウォルムを囲んで口々に言い、恐れと憧れの入り混じった目でミラールを見ている。遊んでいた場所に取り残されていた子供たちは、その楽しそうな様子を見てやはりこちらへと、まだ少し頼りない走り方で駆け寄ってきた。
 ミラールは決まり悪げに視線を子供たちから外し、ウォルムへと向けた。そして、ふむ、と小さく唸る。一人一人の言葉にきちんと答えるウォルムはきちんと兄らしく振舞っており、日頃の彼とは少し違う印象を受ける。
 不意に腹の辺りに小さな手を感じ、ミラールは戸惑ったような視線をそちらに向けた。彼がウォルムを見ているのに気づいた一人がそのすきにと彼に近づいていたものらしい。
 まだ幼い子供は、ミラールに気づかれたことで慌てて彼から離れ、ウォルムの後ろへと隠れた。
「噛み付きゃしないから大丈夫だよ」
 ウォルムがそう宥める。それを聞いた子供たちはまだどこか怯えの色を残しながらも、ミラールへと近づき、そっと触れては歓声をあげる。
 ウォルムはゆっくりと、子供たちに合わせた歩調で歩きだした。
「今年はファレが女王なんだよ」
 弟の言葉に、ウォルムはすぐ隣を歩いている妹を見た。照れたような笑みが返ってくる。
「そうか、丁度そんな年頃か」
 遊んでいた子供たちの中では一番年嵩であるはずの妹を見ながらウォルムは感慨深げに呟いた。ミラールが不思議そうな目でこちらを見ている事に気づき、鬣を軽く撫でる。騎龍は小さく鼻を鳴らして視線を正面に戻した。
「家までひとっ走りしてくれるか?」
 ウォルムは弟に向かって尋ねた。
「わかった」
「あたしも!」
 頷いて駆け出した少年の後を、ファレが追う。
「お前らも一旦家帰れ。もう晩飯の時間だろ。怒られるぞ」
 家への細道がある辻で、ウォルムは離れがたげな視線で彼と騎龍を見ている子供たちにそう声をかけた。
「ちゃんとお話聞かせてくれる?」
「ああ」
「約束だよ」
 頷く彼に手を振り、子供たちはそれぞれの家へと駆けていった。
『女王?』
 走り去る甥や姪の後姿を見ているウォルムに、ミラールはそっと声をかけた。
「春の祭の主役だよ」
『そうか』
「もうそんな時期なんだな」
 徐々に暗くなる夕空を見上げながらウォルムは呟いた。
「しまった」
 不意にそう言って、首の後ろを軽くかく。ミラールは首を傾げて彼の表情を窺った。
『何か問題でもあるのか?』
「終わったらすぐ種まきだ」
 訝しげなミラールにも気づくことなく、ウォルムは小さな溜息をついた。
「祭が終わったらすぐ発とう」
 それは何故なのかとミラールは重ねて問おうとしたが、道の行き止まりの家から出てくる人影があることに気づき、後でゆっくり尋ねることにしようと決めた。


 ウォルムが両親と妹、それに二人の弟ととの賑やかな夕食を終えた頃、子供たちの報せを受けた兄夫婦と嫁いだ姉妹、そして彼らの子供たちが彼を訪ねてきた。
 ウォルムは子供たちにせがまれるまま、外の丸太に腰を降ろし、今までの旅の話を語り始めた。
 持ち出したランプの光を眩しげに目を細めながら見、ウォルムの話を聞くとも無しに聞いているミラールの腹には幼子が幾人も凭れている。
『重い』
 微かに漏らされたミラールの呟きに、ウォルムは微かな笑みをその顔に刷いた。苦々しげな声音とは裏腹に、彼の表情は穏やかで、機嫌が悪い時のように尾を緩やかに振ったりはしていない。街中でも良く「子供はうるさい」などと口にする彼だが、その生命力に溢れた様子を楽しんで見ているようでもあるし、おそらく子供好きなのだろう。
 彼の村のことを考えれば、無理もない。ウォルムは心の中でそう呟いた。
「それで、兄ちゃん?」
 膝に抱いている甥の幼い声に促されるまま続きを語りはじめる。ウォルムは、いつの間にか自分を囲む人影が増えていることに気づいた。さすがに両親こそいないが、すでに親と共に畑仕事をしている上の弟だけでなく、兄や姉まで出てきていることに気づいてウォルムは内心で退屈な村だからなと独りごちた。
 精々楽しい話にしよう、と彼は余計な脚色を交えて話を進めた。大げさな身振りと言葉を発する度に、我関せずといった風情で余所見をしているミラールの耳がぴくりと動くのがおかしくて、つい演技にも熱が入る。
 話が一段落した頃には、結構な時間が経っていた。しかし子供たちは眠たそうな素振りさえなく、彼の方を一心に見つめている。
「はい、今日はここまで」
 子供たちの、続きを期待するような視線に気づいてはいたが、ウォルムはそう言って立ち上がった。
「続きはまた今度な」
 幼い声で口々に不満を言い募る子供たち一人一人の頭を撫でる。
「すぐに出てっちゃうんじゃないの?」
 ウォルムの上着の裾を小さな手が掴む。
「祭まではいるから」
 彼を見上げ、心配そうな顔で問う姪に、ウォルムは穏やかな笑みで答えた。
「絶対だからね」
 名残惜しそうに振り返っては手を振りながら帰途につく子供たちの姿が小道の向こうに消えるまで、ウォルムは手を振り続けた。
 子供たちの重みから解放されたミラールはゆっくりと立ち上がり、背を伸ばした。そして、手こそ振らないがウォルムと同様、子供たちが視界から消えるまで見送る。
「やれやれ」
 小さく息を吐き、子供の相手は疲れるよと冗談めかした声で付け加えて、ウォルムは大きく伸びをした。
『そう言う割には楽しそうではないか』
 揶揄するようなミラールの声に言葉ではなく苦笑を返し、ウォルムは彼の背を軽く叩いた。
「疲れただろ。おやすみ」
『ああ』
 ミラールは戸口のすぐ傍に横たわり体を丸めた。頭だけを微かに擡げ、扉の中へと消えていくウォルムを見送る。
 閉じる扉が奏でる柔らかな木の音を聞いた後、彼は首を横に曲げ、自分の腹に向かって小さな欠伸を一つ漏らすと、ゆっくりと頭を下ろした。


 室内では、ランプの明かりと父がウォルムを待っていた。
「どうせ祭が終わったらすぐに出て行く気なんだろう?」
 ゆったりとした言葉に、批判の響きはない。
「へへ、まあね」
 ウォルムは子供のような笑いと共に答えた。
「この親不孝者め」
 親子だけあってどことなく似通った雰囲気の笑みを浮かべ、からかうような声音で息子に言い、彼はもう一つ用意してあった杯に去年の秋に醸した酒を満たした。
「俺がいなくても大丈夫だろ」
 差し出された杯を受け取り、ウォルムは父の前の椅子に腰を降ろした。口に含んだ酒は、素朴な香りを放っている。町で飲む酒とは比べ物にならない、洗練されていないものではあるが、馴染みのあるその味と香りをゆっくりと味わう。
「当り前だ」
 むしろお前がいないほうが楽だよと喉を鳴らして笑う父に、ウォルムは苦い笑みを返した。そうからかわれるのは仕方がない。まだ村にいた頃に彼が畑でしたことといえば、手伝いよりはいたずらの方が多いのである。
「全くあの頃のお前はひどかった」
 父がそんな言葉と共に挙げた過去のいたずらに、ウォルムは微かに赤面した。
「そんなにひどかったかなあ」
「ああ、ひどかった」
 そこまでじゃないと思ったけどと小声で言い訳をしながら、ミラールがこの場にいなくて良かったとウォルムは胸をなでおろした。彼がいたならば、こっぴどく叱られたことだろう。
 彼がそんなことを考えているとも知らず、ミラールは澄んだ月明かりの下で、穏やかな眠りを楽しんでいた。


 祭を祝福するかのように晴れ渡った青空の下、子供たちの行列は村の外れにある祠から、村の広場を目指して出発した。
 先頭には静寂を好む冬を追い出すために音高く鈴や太鼓を鳴らす幼子たち、列の中ほどには若葉と花びらをまく少女たち、そして列の後尾には蔦で飾られた縄を比較的年嵩の子供たちが引いている車。その上には白地に薄紅色の模様が印象的に配置された衣装を纏ったファレが座っている。
 ウォルムは村の広場で、徐々に近づいてくるその行列を微かに目を細めて見守っていた。
「まだまだ子供だと思ってたんだけどなぁ」
 同じように子供たちを見ていたミラールはその呟きを耳に留め、少し寂しそうなウォルムの横顔に視線をやったが、彼がそれに気づかなかったため、視線をまた行列へと戻した。春の女王の衣装を纏った少女は、淑やかな態度のせいか、確かにぐっと大人びて見える。
 自分も弟が大人になったと思った時にはやはり同じような寂しさを覚えるのだろう。そう思ったミラールは年の離れた弟の顔を胸に浮かべた。大人になった弟を思い描いてみようとしたが、その幼さの残る顔からは想像もつかない。しかし、今は考えることすらできなくても、自分が里に戻った時には少し大人びた弟に会うことになるのはずである。生まれてこのかた成長を見守ってきた弟が、自分の知らぬ間に変わっていれば確かに寂しいに違いない、と小さく息を吐く。
 二人がそれぞれの感慨に耽っている間に、行列は広場の入り口近くまで来ていた。
 もう行列に参加するほどは幼くないが一人前とも呼べない年頃の少年や少女が整列して子供たちを迎え、一人一人に若木の枝を渡す。
 その列の間を、行列は広場の中心に立てられた柱の前まで進んだ。柱の前に立って彼らを待っていた村長が、ファレの手をとって車から降ろし、その頭に白い花冠を載せた。
 ファレの少し震えてはいるがけしてか細くはない声が紡ぐ、春の到来を祝い今年の豊穣を願う歌を、村人たちが奏でる楽が支える。彼女と、そしてまだ咲きそろわぬ花や若葉で飾られた細木を束ねた柱の周りを、若木の枝を手にした子供たちが踊りながら回りはじめた。彼女が人々の健康と幸せを祈る言葉で歌を終えるまで、人々は微かに頭を垂れたまま佇んでいた。
 ファレが歌い終わると共に、楽の響きが打って変わって明るい調子の曲へと変わる。それとともに子供たちはいつもの活発さを取り戻し、広場は朗らかな雰囲気を醸し始めた。
『人間にしては静かな良い祭だと思っていたのだがな』
 そう呟いて眉間に皺を寄せるミラールに、子供たちが群がる。
「兄ちゃん、どうだった?」
「うまく歌えてたよ」
 衣装こそそのままだがすっかり子供の顔に戻った妹に笑顔で答え、ウォルムは彼女を抱き上げてミラールの背へと乗せてやった。
「いいなあ」
「俺も乗りたい」
 憧れの眼差しで見る少年たちを従え、ウォルムに手綱を取られたままミラールはゆっくりと歩き始めた。背の少女は照れと喜びの入り混じった顔である。
 あたりをくるりと一周した後、ウォルムはファレを抱き下ろした。
「ありがとう」
 少女は兄と騎龍を交互に見ながら礼を言い、ほんの少し背伸びをして、少女の意図を察したミラールが下げた頭を軽く撫でた。
 そうこうしている間も楽の音は高らかに春を祝い、村の女たちが準備していた食事や昨年仕込んだ酒が振舞われ、広場は明るい声で満ちている。
 ウォルムはにこやかに近づいてきた兄が差し出す杯を受け取り、その喧騒を眺めた。
「年中こうならなぁ」
 村にいても楽しいだろうに、とウォルムは続けた。もちろんそれでは暮らしがなりたたないことも、いつもこうだったらいずれは飽きることもわかってはいる。しかし、久しぶりの祭は、少年の時と変わらず彼の心を浮き立たせていた。
「お前は変わらんな」
 呆れたような声音の兄を宥めるように肩を叩き、ウォルムは微かに苦笑した。父や兄にとって自分はいつまでもいたずらな子供のままなのだろうかと内心ひそかに溜息をつく。
『ウォルム』
 不意に心に響いた声に、ウォルムは視線をミラールへと向けた。すっかり子供たちに囲まれている。幾人かの少女が、彼の鬣を編みこもうとしているようだった。
「綺麗にしてもらえよ」
 そう言ってにやりと笑う彼に、ミラールの鋭い視線が刺さる。
「大人しくしてて」
 首を曲げたことで手を鬣から離してしまった少女の言葉に、ミラールは渋々頭を元の位置に戻した。
 声を出さないように喉で笑ってウォルムは数歩下がってその光景を眺めた。なんだかんだいいながらも、ミラールは子供たちに逆らったりはしないはずである。
「これでいいね」
 少女たちが満足げに頷いて眺めるミラールの鈍い金色の鬣は幾筋も編みこまれ花が挿された上に、小さな花冠を載せられている。その可愛らしい装いと、不満げに細められた目や眉間の皺がひどく不似合いで、ウォルムは再び小さな笑いを漏らした。
「良かったな」
 その言葉に対するミラールの答えは不快そうな、しかし周りの少女たちを気遣ったのかひどく小さな唸り声で返ってきた。


 まだ薄暗い夜明け、ウォルムは静かに家を出た。身内には昨夜のうちに出立を告げてある。今日からは種蒔に入るため、もう一刻もすれば皆が起きだしてくるはずだが、さすがにまだ灯りなしでは歩けないほど暗いこの時刻ではあたりは静まり返っている。
『本当に手伝わなくていいのか?』
 鞍をつけるウォルムを見るともなしに見ながらミラールは尋ねた。
「いいのいいの、俺は勘定に入ってないから」
 腹帯の締まり具合を確認しながら答えるウォルムの顔は全く普段通りである。家族との別れが寂しくはないのだろうか、とミラールは小さく首を傾げた。
「……一日中鋤つけて牽いて回りたいのか?」
 準備を終えて背に乗ったウォルムに尋ねられて、ふむ、と小さく唸る。確かにここにいたら自分も手伝わなくてはならないだろう。それ自体は不快ではないが、牛馬や、ほかの騎龍と同等の扱いは少々気に触る。
「さ、行こうぜ」
 促されて歩きだそうとしたミラールは、小さな物音を聞きつけ、辺りを見回した。
「兄ちゃん」
 抑えられた声でウォルムを呼んだのは、彼の甥であった。おそらく親の目を盗んで出てきたのだろう。
「またね」
 そう言ってファレが小さな花冠を差し出す。昨日、年嵩の少女たちが編んだものよりは不恰好なそれをミラールの頭に載せる少女の瞳は僅かに潤んでいた。
「いつ帰ってくる?」
「そのうち。まあ、遠くないうちに来るよ」
 甥の言葉にそう答え、ウォルムはミラールの首を軽く叩いて出発の合図をした。
「きっとだよ」
 歩き出す二人の背を追うように、幼い声が投げかけられる。
 ウォルムは振り向きもせずに片手を上げ、それに応えた。
『声が寂しそうだ……ちゃんと約束は守ってやれ』
「ま、できればね」
『ウォルム』
「いいんだって。どうせちょっとすりゃあいつらはあいつらのいつもの生活に戻る。俺は祭りみたいなもんなんだよ」
 ミラールは軽い調子のウォルムを厳しい声で呼んだが、しかしウォルムは堪えた様子もなく、抑えた声でそう言っただけだった。
 その言葉を彼がどういったつもりで、どのような表情で口にしたのか図りかねたミラールは、小さく息を吐いて振り返った。
 子供たちはまだ手を振りながら見送っている。
 ミラールはせめて自分だけでも、と彼らの姿が視界から消えるまで、幾度も幾度も振り返りながら進んでいった。



 17999Hitキリ番リクエスト作品です。
 「子供とミラール」というリクエストで書かせていただきました。